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ここぞっていう時。

June 20, 2016

藝術、表現は自らが舵をとって判断して選択する行為の連続です。

 

まず、なにを通してこの想いをカタチにしていこうか。という素材の選択。

なにを用いれば頭で考えた事がスムーズに滞りなく素材を変容させていけるのかという道具の選択。

最終的に完成をどう持っていくのかを決める選択。

 

実制作に入っていけばいくほど、

「どうすればこの想いが伝わるのか。」

「今なにをしていけば、理想のカタチが作れていくのか。」

「このカタチで本当にいいのか。もっとこうしたらいいんじゃないか。」

「一旦壊して、作り直そうか。」

「この作品はどうすれば本質的に美しくなっていくのか。」

 

と吟味をしながら選択を積み重ねていきます。

 

なにも考えずにモノを作っていくということは、凄く難しいことだと思います。

どうしたって、表現をしているときの一人の世界というのは、日常の身の回りの物事や社会のことを考えてしまうものです。

 

自分の仕事のこと。

家族のこと。

友人のこと。

学校のこと。

進路のこと。

嬉しかったこと。

悲しかったこと。

今度の日曜日はどこに行こうか。

今晩なにを食べようか。

お金のこと。

大好きな人のこと。

愛する人のこと。

過去のこと。

未来のこと。

今の自分のままでいいのか。

これからの自分はどうありたい、どう生きていきたいのか。

 

これら自問も全部、ひとつひとつ選択をして進んでいかなければなりません。

 

社会人になると、たとえば顧客や取引先の相手、上司や部下や同僚、

 たくさんの自分以外の人のことを考える時間が大半だと思います。

 

そこで改めて、自分の少年少女時代を思い返して、どうしようもなく

「もっとこうすれば、こうしておけばよかった。」

という後悔に襲われることも多いのではないでしょうか。

 

だから、 子どもに対して、

「将来なにになりたい、なにをしたい?」

という夢や理想を持たせようと促し、

時には自分の人生や経験を思い重ねながらアドバイスしていくのではないかと思います。

 

僕は未来を生きていく人たちに対して、

いくら幸せのカタチが多様化されている現代であれど、

頼むから、

 

時が来たから、自分の学力で行ける範囲の学校を受験し、

時が来たから、たったの数週間でマニュアルを参考に自分を練り上げ作り上げて就活に望み、

仕事に就いて、

 「一般的には」「普通に考えて」

 という前置詞の元、行動をしていき、

挙げ句の果てに、

「もう辞めたい、しんどい、だるい」

 

と言って志なく消極的に生きていくような人間にはなるなよ。と言っていきたいです。

 

たしかに自分の選択に責任と意志を持って生きていくのは、

しんどいし、怖いし、迷うし、辛いことがたくさんあるかと思います。

 

そして、本気の努力が実らず、夢が叶わないことだって多いし大半だとも思います。

 

でもその頑張っていた時って、たくさんの選択を重ねた上にあって、

理想を追い求めて、生き生きとして幸せだったと思えるのではないでしょうか。

 

 

そしてそんな人は、その先でも志を軸に自分の人生を誇りを持って描いていくのだとも思います。

藝術や表現を通して、

 選択の追体験、

 現状の自分を俯瞰してみる時間、

この先の自分を思い描く時間。

それらの思考と、制作中の選択を積み重ねてきた時間と事実、

自分が生きてきた証の詰まった作品が得られます。

 

子どもから大人まで、今一度、藝術を体験してみてもらいたいです。

表現を通して得られる、これらの体験はあなたに志を芽生えさせ、

あなたの弱みも強みも教えてくれて、

先に送る日常が変わっていくのだと、僕は信じています。

 

そしてここぞっていう選択に迫られた時でさえも、

 自分が本当にしたい、するべき方向を、

 これまで積み上げてきた過去の自分が教えてくれるのだとも思います。

 

そして、限りある人生で、一生をかけてでも追い求めたい理想の自分が見つかるのだとも信じています。

 

 

 

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